安政5年(1858)、渡部思斎の長男として生まれ、16歳の時に大学南校(今の東京大学医学部)に入学し医学を習得。 明治10年、18歳で警察医や陸軍軍医試験などに合格し、警視庁第2病院勤務、陸軍軍医などを歴任。コレラ病新治療法などを発見する。明治18年(1885)、27歳の時には「婦人束髪会」を結成現在の理容の礎を築く。 同年末に渡米、カリフォルニア大学医学部で学び、ドクトル・オブ・メディシンの学位を受け、卒業と同時にサンフランシスコで日本人初の開業医となる。 明治23年(1890)、父思斎の死により帰国。その後、会津若松に会陽医院を開業、英世が手術を受けたのもこのころで、明治25年、英世が16歳の時のことである。 明治35年(1902)と翌年の総選挙に若松市選挙区から立候補し、衆議院議員も務めた。